ナック独自のPDCAサイクル|匠の技05

ナック独自のPDCAサイクル

この「匠の技」のコラム、バックナンバーを読んでもらうと分かるが、ことあるごとに出てくる「ナックの強み」として「自社製造技術」がある。[01レンズ製造]で鈴木文夫は「できない、とは絶対に言わない」、「どこにも無い、だから自分たちでつくる」といい、[04光学設計]の水野重智は「どんなものも形にしてくれる製造部門の存在が大きい」と話す。

 

こうしたナックが誇る『ものづくり』のDNA。それは多くの開発製品がひとつの製品の開発実績をベースにし、脈々と技術を継承し生まれていることからもうかがい知ることができる。ハイスピードカメラメーカーである現在のナックを語る上で重要な製品のひとつ、ハイスピードビデオカメラシステム<HSV-200>。1981年に開発されたこの製品には和田も大きく関わっているが、<HSV-200>を語る上で鍵ともいえるのが、冒頭に出てきた<SVCR-120R>での開発・製造実績でもある。

<SVCR-120R>の製品化には、航空機搭載用VCRとして過酷な条件下でのさまざまな課題が課せられた。製造部門にとってもそれは非常に厳しいものだったが、これらをクリアする過程でナックは大きな財産を手にする。それは高度な環境試験技術だ。振動試験機、加速度試験機、大型恒温槽、EMC(電磁環境適合性)試験機。当時の企業規模としては異例の大型設備を導入。見方によってはある種、無謀ともいえる投資だったが、和田は「高度な試験環境を自社保有したことが精緻なデータに基づいた設計〜テスト〜開発〜改良を確立することにつながった」といい、こうした独自のPDCAサイクル構築が「次の製品開発・製造へと結びついた」ともいう。<SVCR-120R>の開発・製造において難題であった過酷な条件下での安定したテープ走行は、ハイスピードビデオカメラシステムにおけるテープの高速送り機構を制御するコア技術として<HSV-200>に受け継がれ、耐衝撃、耐振動性能は、後に製品化される自動車の衝突実験などに用いられる車載型ハイスピードカメラへとつながっていく、という具合にだ。

HSV-200

左からHSV-400、HSV-4000、HSV-500C3

 

ハイスピード記録の場合、通常のビデオデッキに比べテープの送り速度やヘッドドラムの回転速度などが高速となる。<HSV-200>で一般的な製品の3.3倍。後継機である<HSV-400>、<HSV-1000>に至っては4倍を超え世代を経るごとに回転数はより高速化していった。<HSV-200>の開発時点ですでに自社でヘッドの開発は行っていたがあくまでも外注生産。<HSV-1000>開発の時点で購入するヘッドやヘッドドラムでは求められる性能が達成できないことが分かり、自社生産に舵を切ることになる。くわえて問題となったのが、ヘッドドラムを高速回転させたときにテープとの間に発生する空気層の存在だった。回転がより高速化するとともに組み込まれるヘッドの数が増えた結果、わずかな気流の乱れでもヘッドドラムとテープの間にできる空気層が不安定になり、正常に映像が記録できなくなってしまった。

ハイスピードビデオカメラのドラム部

 

解決策として注目したのが、高速回転するヘッドドラムの側面にある“溝”だ。この“溝”は空気層を調整するためのもので、そもそも民生用のビデオデッキでもこの空気層をうまくコントロールすることで、テープのヘッドドラムへの貼りつき防止と、テープとヘッドが最適な距離で接触し安定した映像信号の記録/再生を実現している。この溝を工夫して気流の乱れを解決できないか。問題解決のために試行錯誤を繰り返す日々が続いた。その結果、ミクロン単位の精度で溝に微細な加工を施すことによって、テープとヘッドドラムの間の空気層を確実に安定させることが可能となった。ドラムというVCRの重要基幹部品の製造技術を自社内に確立したことで、新たに持ち上がった問題を解決する際に他社に頼らずとも、自社開発という選択肢で解決が可能となった。

 

「製品が世代交代するごとに録画速度はより高速化します。簡単にいうと早送りしながら録画するようなもの。当然、録画に関わる各メカ機構部に要求される精度はどんどん厳しくなり、最終的には一般的な部品ではまかなえなくなりました。だから自分たちでつくるほかなかったのです。」

 

VHS方式を採用しユーザーの利便性を飛躍的に高め、またVHSでは難しいとされたスロー再生、逆転再生を実現可能としたハイスピードビデオカメラシステム。その誕生の背景には「どこにも無ければ、自分たちでつくる」。ナックならではの『ものづくり』のDNAがあった。そしてそれは、その後に続くデジタルメモリー方式のカメラにも引き継がれていく。