スマッシュ初速493km/hギネス記録はいかにして生まれたのか|ユーザーズボイス06

バドミントンラケット開発に込められた
JAPANESE QUALITYの誇り

ヨネックス株式会社

大谷和也・大熊伸江 

スマッシュ初速493㎞/h
ギネス世界記録はいかにして生まれたのか

──

毎年新しいモデルやバージョンアップされた製品が発表されますが、製品開発はどのようなサイクルで行われるのでしょうか。

大谷

基本的に春と秋に新製品が発表され、その数は年間でだいたい5から6品目になります。どのような市場に、どんなモデルをリリースするかというグローバルな戦略は毎年本社のマーケティング、販売部隊に新潟生産本部も加わって検討が行われ、その方針に沿って開発を進めるというのが大きな流れになります。

──

マーケティングなどからは「こういう層向けにこういう機能を出したい」という話が出され、技術サイドからは「こういう新しい素材があって、これならばこういうことが可能」という基礎研究の成果を提供し擦り合わせていくという形ですか。

大谷

はい。たとえば「前モデルより何グラム軽くしたい」「スマッシュの速度を何キロあげたい」という要求があったとして、私たちはそれが技術的に可能なのか、あるいはどのような方法があるだろうかとアプローチしていきます。

──

具体的な製品を例にとってお話いただくと分かりやすいかと思うのですが。

大谷

この「NANORAY Z-SPEED(ナノレイZスピード)」を例にしましょうか。この製品は初速500km/hという世界最速のスマッシュを打てるラケットをコンセプトに開発されたもので、当然上級者向け、トップ選手向けの製品です。

──

500km/hですか!ちなみに従来の最速は?

大谷

2010年に当社の製品が記録した421km/hです。

──

その差ざっと約80km/h。そのミッションが与えられた時点で開発陣はそれが技術的に可能だと判断したわけですね。

大谷

そうですね。このNANORAY Z-SPEEDの新モデルの発表が2013年。2010年の記録は別モデルが出したものでしたが、この間の素材、設計などの基礎研究の成果から「それは可能」というのが開発陣の答えでした。

──

具体的にはどのようなアプローチをしたのでしょうか。

大谷

力を生み出すのは質量×速度。つまりスマッシュのスピードを上げるためにはラケット自体を重くする、もしくはスイングスピードを速めるということが考えられます。ただラケットを重くしたら伝わる力は増えますが当然スピードは出せません。重さとスピードは二律相反の関係です。また重さは操作性に影響を与えます。上級者のスイングにあわせたラケットの重さ、重量配分という観点から、むやみにラケットを重くするというのは開発の方向性としてあり得ない。つまりスマッシュスピードを上げるための残されたアプローチはスイングスピードを高めることしかないわけです。

──

つまり空気抵抗を削減するということ?

大谷

そうです。空気抵抗を極限まで減らすことでスイングスピードを高めようというアプローチです。具体的にはシャフト、フレームを細くし、かつフレームの面積を小さくする。もちろんそのためにはクリアしなくてはいけない課題があります。たとえばシャフトやフレームを細くすると剛性の面でどうしても柔らかくなってしまい、トップ選手が求める反発力や強度が出せませんが、今まで培ってきた設計技術を集約しながら、フレームには超高弾性カーボン、シャフトには従来カーボンに比べ曲げ強度、反発力に優れた「X−フラーレン」という素材を採用したりしてひとつずつ課題をクリアしていきました。

──

最も苦労されたポイントはどこだったのでしょうか。

大谷

フレームの面積を狭くしながら、いかにスイートエリア*を広げるか、ということですね。空気抵抗を減らしスイングスピードを高めるためには極限までフレームの面積を小さくしたい。ただ面積が減った分、強い反発を生むスイートエリアも減ってしまっては競技に使用することはできません。「一番良いところに当たればものすごいスピードのスマッシュが打てます。ただそのポイントはこの狭い範囲です」では商品として成立しませんから。

──

具体的にはどのようにフレームの小ささとスイートエリア面積の広がりを両立させたのですか。

大谷

縦横のストリングの長さを均等化するなど、いくつかの要素がありますが、代表的なものはラケットにストリングを張る際に通すグロメットという穴の形状を改良したことですね。従来はフレームの中心に向かってストリングを挿入し、フレームの内側で水平方向に向ける形でしたが、挿入時点から可能な限り水平方向に向くようにグロメットの設計を変更したのです。これによって打球時のストリングの可動域が拡大し、特にトッププレーヤーが使うことの多いフレーム上部にスイートエリアを拡大することができました。

NANORAY Z-SPEED(ナノレイZスピード) 製品特設サイト
http://www.yonex.co.jp/nanorayzsp/

──

まさに細部を削り取るように、細かい部分を追求しているのですね。

大谷

最適な角度を見つけるために何度も試作を繰り返しましたね。機械テストはもちろん、自分たちで何度も試打もしましたし、トップ選手に打ってもらって、その結果をもとに改良を繰り返しました。特にこの製品はフレームが小さいのが特徴で、選手によっては不安にもつながります。フレームは小さくてもスイートエリアは確かに広がっている、その性能をきちんと実感してもらい、プレーヤーに不安なく使ってもらえる製品にする。そこが大変でした。

──

こうして開発された製品がそれまでの記録421km/hを、2013年に493km/h*へと大幅に更新したんですね。技術的な確証があったとはいえ、やはり不安はありましたか。

大谷

開発の過程で何度も検証し、理論的にはそのスピードが出せると確信していましたが、やはり「やってみるまでは」という気持ちはありましたよ。

* スイートエリア=ラケットでシャトルを打つ際に、最も性能を有効に引き出せる最適打点箇所。

* タン・ブンホン選手(マレーシア)により2013年に達成されたスマッシュ初速のギネス記録。