「ただ要求性能を満たす」だけが製品開発のミッションではない|ユーザーズボイス09

トップメーカーとしての
社会への責任、『ものづくり』への誇り

マブチモーター 株式会社

井坂 洋輔 

「ただ要求性能を満たす」だけが
製品開発のミッションではない

パワーシート用モーター

本社ギャラリー展示

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井坂さんは現在、パワーシート用の製品開発をご担当されています。この分野との関わりはいつからですか。

井坂

2011年頃に新たな製品分野としてパワーシート用の製品開発という話が出てきて、私自身もパワーウインドウと並行してパワーシートの開発に関わるようになりました。現在のようにこれがメインの担当となったのは2013年頃からでしょうか。

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マブチモーターの歴史を見ると、常に市場の変化に柔軟に対応しています。玩具に始まり1960年代にはリール型のテープレコーダー用モーターを開発。家電、工具、プリンター・コピー機などの事務機器分野、音響・映像機器、そして井坂さんが関わる自動車電装機器関連といったように、いつの時代も社会ニーズを的確に捉えた製品を世に送り出しています。こうした継続的な成長を果たせる理由はどんなところにあると感じていますか。

井坂

マブチモーターにとって良い製品というのは、単に自社の優れた技術を誇るだけではなく、価格面も含めて広く社会に受け入れられ、人々の生活に貢献するものだということ。時代の変化を捉え、それに対応できているのは、経営はもちろん製品開発のベースにこの思想があるからではないかと思います。また開発の側面でいえば、製品開発というのは「ただ要求性能を満たす」だけが使命ではありません。生産の場面において組み立てやすい、作業効率が高いということもしっかりと視野に入れておく必要があります。つまりトルクや回転数だけではなくて、マブチモーターが考える品質というのは生産性やそれに伴うコスト、価格までも含めた総合的なものということになるわけですね。

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その思想を具体化したもののひとつが、マブチモーターが掲げる“標準化戦略”ですね。

井坂

そうですね。基本的に、私たちが世に送り出す製品は自動車のパワーシートならパワーシート用モーターとしての標準品をラインナップします。用途ごとの標準品ですので用途別標準品と言っています。もちろん一部にはお客様の要望に合わせカスタム対応もしますが、基本は標準化された製品です。これは良いものをより安く、安定的に供給することで、広く社会に受け入れられ貢献し続けるという理念を具体化したものになります。

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場合によってはコモディティ化(同質化)によって、市場で単なる価格競争に巻き込まれる可能性もあるなか、標準化で勝負するというのはすごいことだなと思います。

井坂

標準化といっても同質化ではなく、小型モーターのリーディングメーカーとして常に高い品質を保つ。一方で開発だけでなく、生産、販売など総合的な戦略でより安く安定的に供給できる体制をつくる。言ってみれば私たちの標準化とは競合会社が白旗を上げるような、価格競争とは無縁の状況を目指しているのです。

ヘッドライト光軸調整機構

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そうしたなかで、あえて技術面にフォーカスしてお話をお聞きしたいと思います。モーターというのは電気エネルギーを磁石の力を通して機械エネルギーに変換する装置ですよね。この技術自体は私たちが理科の授業などで学んだように古くからあるものです。見方を変えると、確立され成熟した技術であって、そこには新たな技術革新は生まれにくいのではないかと想像してしまうのですが。

井坂

確かに基本技術は古くからあるものですが、素材、構造など、モーター技術は今もあらゆる側面から進化を続けています。ひとつには基幹素材である磁石。これは軽くて性能の良いものが次々に開発されていますし、電磁誘導関連の素材も新しいものが出てきています。さらに構造面ではコイルの巻き方を含め各部品の設計方法も進化しています。おっしゃるように新素材などと違って大きなイノベーションではないので、若干地味な印象は受けるかもしれません。しかしその一方で製品の進化に合わせて、たくさんの小さな工夫がそこには詰め込まれているのです。

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井坂さんがご担当されているパワーシート用モーターなどでいうと、どういった創意工夫がなされているのか、その一端を教えていただきたいのですが。

井坂

細かくは秘密ですが(笑)。静音・静粛性、安定性などのほか、車の世界で求められるのは小型・軽量化です。自動車の重量は燃費性能の向上に直結しますから、自動車開発エンジニアの皆さんは1g、いや0.1gでも重量を減らすため無駄の排除に取り組んでいます。当然、そこに使われる部品もより小さく、軽いものが求められます。もちろんトルクや回転数などの性能を落とすことなくです。

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小さく、軽く、しかし性能は落とさず。まさに「言うは易し」ですよね。

井坂

はい。ただ単純に考えればその命題は簡単に解決できるんです。

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というと?

井坂

高性能な磁石を使えば良い、ということです。ただそうなると性能は満たせてもコストが上がってしまう。だから設計や使用する素材など、小さな工夫を積み重ねることが必要になってきます。たとえば従来金属を使っていたものを樹脂に変えれば軽くすることができますよね。でもそのためには樹脂であっても従来の金属と同等の性能、安定性などを確保するための設計変更が必要で、さらにその設計変更が生産効率から見てどうなのかを検討しなくてはいけません。樹脂を組み込むことで今までより組み立て時間がかかってしまうとしたら、それは全体としてみればダメなわけですから。そうやって少しでも無駄を削ぎ落とすため、開発は日々試行錯誤しています。