USER'S VOICE03 今、最先端脳科学研究の現場で 国立研究開発法人情報通信研究機構 糸井 誠司 藤巻 則夫


【プロフィール】
藤巻則夫(ふじまき・のりお)。富士通研究所研究員、通信総合研究所主任研究員などを経て現職。言語脳機能計測研究を行ってきたが現在は脳計測施設の運用に携わる。
糸井誠司(いとい・せいし)。アルツハイマー病に関する予防、創薬などの研究機関技術員としてMRI、MEG、NIRSなどを利用した数々の計測実験経験を持つ。CiNetではそれらの経験を活かし、7テスラという強磁場を発生するMRIなど最新計測機器の専任操作員として先端複合研究をサポートしている。

User’s Voice第3回目は脳情報通信融合研究センター(CiNet)を訪ねました。CiNetは国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)と大阪大学が脳機能と情報通信の研究のために2011年に設立。進化を続ける脳科学研究分野にあって異分野融合研究を推し進め、ここで得られた知見がさまざまな分野に応用されてゆくことが期待されている脳科学研究の最先端拠点です。 インタビューに応じて下さったのは、CiNetで最新の研究設備の運用をマネジメントされている藤巻則夫さんと技術員の糸井誠司さん。藤巻さんは目から入ってきた文字の情報を、脳がどのように処理しているのかという「言語脳機能計測」の研究歴があり、糸井さんは数多くの脳科学研究を機器運用という立場から支えておられます。7テスラという想像できないくらいの強磁場で行われる実験。今回は最先端脳科学研究の世界をのぞいて見ることにしましょう。


匠が持つ経験値に科学的なデータを加味

今回のUser’s Voice。まずは脳研究の一線で活躍されてきた藤巻さんが、なぜこの分野に興味を持たれたのかということから話を始めたいと思います。ご経歴を拝見すると、元々脳研究がご専門ではなく工学部のご出身で富士通で研究職に就かれていたそうですが。

藤巻そうです。私は工学部電子工学科の出身で、大学院を出てからは富士通研究所で超伝導デバイスの研究に携わっていました。ご存知のとおり富士通はコンピュータの会社です。そこで超伝導デバイスを使ってより高速の処理を可能にするコンピュータ開発のための研究を行いました。また超伝導デバイスの応用としてSQUID*1(スクイッド)と呼ばれる超伝導の磁気センサーも研究しました。これが今日の話に出てくるMEG*2(脳磁計)という脳計測機器に使われているのです。脳を測る機器に使われるデバイスの研究、それが私と脳研究との最初の出会いでした。

藤巻さんはデバイスの研究から脳を測る立場に変わられましたね。そのきっかけは何だったのでしょうか。

藤巻富士通研究所の中で発足したあるプロジェクトに参加しました。SQUIDは非常に高感度なデバイスで地磁気の100億分の1レベルまで測れ、脳から出ている微弱な磁場を測定することができます。日本生体磁気学会などに参加して最新の脳活動計測の分野に接していた縁で、このプロジェクトにおいて脳計測の研究テーマを提案し、北海道大学の栗城先生にお世話になり、脳計測に関わるようになりました。私としてはごく自然に、計測方法の研究から、それを利用する脳計測の研究に入りました。

そして通信総合研究所(現在の情報通信研究機構=NICT)に移られ本格的な脳研究の道を歩まれるわけですが、研究対象は脳の働きの中でもどのようなものだったのでしょうか。

藤巻私たちの脳が言語の処理をどのように行っているのか、です。一方で私は計測して得たデータをどのように解析するかの方法の研究にも関わってきました。言語脳機能計測、そのための計測方法の両方に関わりました。

言語処理において脳がどのような活動をしているか。さらにそれを明らかにするためにいかにして有効な情報を取り出すか。その方法も研究テーマということですね。その脳の言語処理ですが、具体的にどのような研究をされていたのでしょう。お聞きしてこちらが理解できるかはなはだ不安なのですが(笑)、どうか分かりやすくご説明頂けますか。

藤巻私の研究テーマのひとつが、文字を読んだ時、脳の中でそれを認識する処理を明らかにする、という内容です。脳のどの部分が、いつ活動するのかをMEGやMRIによって計測し、解析することで文字を読む際の脳の処理を探っていこうというものです。

私たちがごく自然にやっている文字を読むという行為が、脳の中でどのようなプロセスを経ているのか、ものすごく興味深いですね。

藤巻まず目から入ってきた文字の情報は網膜*3で電気信号に変えられます。それが頭の真ん中付近にある視床*4と言う部位の後ろ側の外側膝状体*5(がいそくしつじょうたい)を通って、大脳の後方にある一次視覚野*6に送られます。ここで視覚情報が細かな線分に分解されます。文字が現れてから0.1秒くらいで、この一次視覚野付近の活動がピークを迎えます。その処理の結果が後頭側頭下部に送られ文字の形が認識されます。さらに0.2秒くらいから前頭下部と側頭後上部付近の活動が始まりますが、これらの部位では認識した文字に対応する音(言語音)を想起する処理が行われます。
単語の意味の処理は脳のさまざまな部位が関わりますが、側頭前部が重要な役割を果たしていることが知られています。この部位の活動も、0.2秒くらいから始まります。これらの音や意味の処理を反映する脳活動は0.4秒後くらいでピークを迎えます。
たとえば「脳」という文字を見た時、私たちはまず視覚的な形から文字を認識し、対応する「ノウ」という音や「脳(brain)」の意味を認識します。これらがコンマ数秒くらいの間に脳の中で処理されているというわけです。

*1 SQUID=超伝導デバイスのひとつで、MEGをはじめとした磁気の精密計測に用いられている。
Superconducting QUantum Interference Deviceの略。

*2 MEG=脳磁計。超伝導センサー技術を用いて脳の神経活動にともない発生する微弱な磁場を測定する装置。英文名はMagnetoencephalographyと表記する。

*3 網膜=眼の構成要素のひとつで、光の情報を電気信号に変え、脳中枢へとその信号を送る。その機能からカメラのフィルム、最近ではデジタルカメラのセンサーに例えられる。

*4 視床=脳のなかで間脳(大脳と中脳の間に位置する)の一部を占める部位。視覚や聴覚などの信号を大脳新皮質(大脳の表面を占める皮質構造)へと送る役割などを担う。

*5 外側膝状体=脳の視床領域の一部。網膜から送られてきた信号を受け取り視覚情報の処理を行う。

*6 視覚野=大脳皮質の中で視覚に関する領域。一次視覚野は外側膝状体から直接情報を受け取る。

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