異分野融合による幅広い研究領域|ユーザーズボイス03

今、最先端脳科学研究の現場で

脳情報通信融合研究センター

糸井 誠司・藤巻 則夫 

異分野融合による幅広い研究領域

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研究のごく一部をお聞きしただけでも脳研究から得られる成果の大きさが想像できますね。絵(文字)の情報から、記憶を参照して、形の特定→音への変換/意味の認識というプロセスを私たちの脳は瞬時にやっている。分かりづらい情報であっても、記憶にある情報や、直前の記憶を利用することにより、妥当な判断が行われるという生物特有の情報処理がコンピュータなど情報通信に応用できたとしたら、それはすごいことですからね。

藤巻

まさにそうした研究の拠点としてここCiNetがあるわけです。

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一般的に我々が脳の研究と聞いてイメージするのは生物学とか医学の分野なのですが、このCiNetは電子工学出身の藤巻さんが在籍されていることに象徴されるように、私たちのイメージする脳研究だけでなく、さまざまなバックボーンを持つ方が集い、複合的な先端研究が行われています。簡単にこのCiNetの概要をお話し頂けないでしょうか。

藤巻

CiNetは大学、研究機関の人的・知的交流を通して脳情報通信融合研究を進める産官学の連携拠点です。NICT、大阪大学、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)を中心に理系・文系の幅広い分野の研究者が集い、さまざまな立場から脳の研究を行っています。 CiNetでは4つの分野の研究が行われています。
<計測基盤技術>はMRI*7、MEGをはじめPET*8、EEG*9、NIRS*10などの研究者が関わり、脳計測の技術開発が行われています。脳をどのように測るか、さらに計測したデータからいかに有効に脳の情報を取り出すかといった研究開発が行われています。

<HHS>はHeart to Heart Scienceの頭文字をつなげた名前です。心と心のコミュニケーションを脳機能の研究から探ってゆく研究です。私たちの日常的な会話において「昨日のあれ」といった曖昧な情報でもコミュニケーションが成り立つことがありますね。それは文脈や、共通の経験を基に「昨日のあれ」が何を指しているかを判断するからです。このように人間の脳はたとえ曖昧な情報であったとしても、その意味を正しく理解し円滑なコミュニケーションができます。「認識」「記憶」「意味理解」さらには「情動」「価値判断」などが関わる脳の高次機能を科学的に解明することで、情報ネットワークでのコミュニケーションの質を高めることが期待されます。
<BMI>はBrain Machine Interfaceの略で、脳の情報を取り出して機器を動かす研究です。脳卒中や事故などで話すことや体を動かすことができない人が、頭の中で「腕を動かしたい」「そこにある物を取りたい」と意識すれば、その情報を受けて、望む作業をロボットが代わりに行うといった研究があります。脳の信号をロボットに直接伝えることで意思を実現できれば、そうした人々が快適な日常生活を送るひとつの手助けになります。さらには考えただけで身の回りの装置を操作したり、遠く離れたところに自分の意図した情報を伝えることができれば、健常者にとっても、さまざまな応用の可能性があるでしょう。こうした高度なヒューマンケアや未来型コミュニケーションを脳神経科学を応用することで実現していこうというのがBMIの研究テーマです。
<BFI>はBrain-Function installed Information Networkの略で脳や生物の巧みな仕組みに学んでコンピュータやネットワーク技術を進化させようという研究です。ネットワークによる情報伝達が社会に不可欠となっていますが、大量に行き交う情報を伝える巨大ネットワークをどのように作るかが重要です。例えば災害時に一部が不通になったら、早急な復旧が必要です。ネットワークをどのように設計するか、どのようにうまく修復や改良ができるかは難しい問題です。人の脳のメカニズムを解明し、このような問題に応用することでネットワークの省電力化や、柔軟性、頑健性、自立性を備えたネットワーク技術の実現を目指すというのがBFIのテーマです。

*7 MRI=レントゲンやCTなどのようにX線を使わず、強い磁力と電波によって体内の状態を断面像として撮影する。また、fMRIとはMRIを用いて血流の変化を通してヒトや動物の脳活動を可視化する技術を指す。
Magnetic Resonance Imagingの略。

*8 PET=ポジドロン断層法とも呼ばれ、陽電子を利用したコンピュータ断層撮影技術。腫瘍組織の糖代謝レベルの上昇を検出することで、がん検診などに用いられることで知られている。
Positron Emission Tomographyの略。

*9 EEG=脳波。脳から生じる電気活動を頭皮上などに置いた電極で捉える。
Electroencephalographyの略。

*10 NIRS=近赤外光を用い、脳活動測定する装置。
Near-infrared spectroscopyの略。