壮大なテーマより日常を描きたい|ユーザーズボイス07

人間を描きたい
人間と向き合い続けたい

株式会社TBSテレビ
制作局 ドラマ制作部 ディレクター

土井 裕泰 

壮大なテーマより
日常を描きたい

 
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以前から気になっていたのですが、映画は監督と呼びますがテレビでは演出といいますよね。この違いは何でしょうか。

土井

多分、もともとテレビドラマの制作が舞台と近かった、舞台から来た人が多かったことの影響じゃないかと。舞台は演出家っていうでしょ。ただ最近は映画とテレビの垣根がだいぶなくなってきて、監督って呼ばれることも多くなりましたよ。最初は「監督」って声かけられるのがなんだか気持ち悪かったです。今はだいぶ慣れました。

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すみません、思い返したら私初めてお会いしたときから土井さんのこと、ずっと監督とお呼びしてました(笑)。演出という呼び方は舞台関係の名残だったとは知りませんでした。ところで、連続ドラマでは放送回によって演出家が変わりますが、なぜ一人の演出家が全話を担当しないのでしょう。

土井

これは答えが簡単で、普通の連ドラのサイクルでは一人の監督が全てやるのは物理的に無理なんです。放送のひと月前くらいから撮り始めて、一方で台本をつくり、編集作業なども行う。準備、撮影、仕上げが並行して行われていて、つまり準備する人、撮影している人、仕上げている人が同時にいる。もちろんチーフディレクターがキャラの設定、トーン、世界観などの柱はつくります。ただやはりディレクターが変われば微妙な違いは生まれるわけで、僕はそれもテレビドラマの良さだと思っています。異なるディレクターがやることで意外なドライブ感が生まれたり、当然ながら競争意識も芽生えるでしょう。それはけっしてマイナスなことではないと思っています。

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日本のドラマ制作は「時間との勝負」ともいわれていますが、こうした合理的な仕組みで作られているんですね。演出が代わることで番組のトーンに変化があってもそれがかえって刺激になる。こうしたところにも、日本のドラマ制作の妙が表れていますね。これに関連して、土井さんは映画も撮られていますが、形態の違う作品づくりという観点で、連ドラと映画の演出は違うのでしょうか。

土井

基本的には変わらないですね。ただドラマと映画では制作における時間の流れ方が違う。やはりドラマの場合、時間は少ないのでテンポよくやっていかなくてはいけない。演出的な違いをあえて探すとすると、テレビドラマは分かりやすさが必要なので丁寧に描写していく。一方、映画はお客さんの想像力に働きかけるためにあえて省略するということもある。2時間で描く映画と全話で10時間以上かけて描くドラマの違いは自ずとあるわけですが、人間をきちんと描きたいという意味ではドラマも映画も基本姿勢は変わらないです。

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同じ作品づくりでも“分かりやすさ”と“想像力に委ねる”、と言う相反するアプローチは大変興味深いです。しかも、いずれも“人間を描く”という同じテーマを目的にしている。
ところで、そうした皆さんが想いを込めてつくられたドラマも、若者のテレビ離れが指摘され、大きなテレビ画面ではなくスマホやタブレットでの視聴へとその形態が変化しているといわれています。こうしたテレビを取り巻く環境の変化について、つくり手として何か思うことはありますか?

土井

テレビ離れっていわれますが、逃げ恥のヒット、恋ダンスブームなどを見たとき「なんだ、意外と皆テレビ見てるじゃない」と思いました。おそらく僕の子供の頃のように、テレビドラマの開始にあわせてテレビの前に鎮座するって感じじゃないのでしょうが。いずれにしても僕らつくり手の力になるのは観てくれる人がいるということ。だからオンデマンドだろうがインターネットで観ようが、まずは観てくれることが大切。そのためには面白いドラマをつくるってことを突き詰めるしかない。それは視聴形態やスタイルが変わろうとも変わることはありません。

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ドラマ好きの私としては、つくり手である土井さんからそうした強いメッセージを聞けるのは心強い限りです。個人的に土井さんの作品が好きでほとんど観ているのですが、最近は原作モノが多いと感じています。オリジナル作品との演出上の違いはあるんでしょうか。

土井

最終的に現場でやることは変わらないのですが、やはり原作には原作の世界観があり、たとえば漫画であればビジュアル化された絵のイメージがすでにあるし、小説だったら地の文で表現されている心理描写や情景描写がある。なので漫画の場合は原作イメージを裏切らないでどう飛躍させるか。小説の場合はストーリーの骨格を取り出してシナリオにどう移植させ物語を構築できるかが重要になってきます。

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その点で「逃げ恥」は原作の世界観にドラマ独自の演出(さまざまなテレビ番組のパロディやオマージュ)を加えて面白いつくりになっていました。

土井

シナリオを担当していただいた野木亜紀子さんは原作からエッセンスを切り取って脚本に落とし込むのがすごく上手い。この作品もそうだし、『重版出来!』なども野木さんの力がすごく大きかったですね。
誤解を恐れずにいえば原作モノはそのエッセンス、スピリットは何なのかを探り出し、そこを外さない、守れば良いと思っています。「原作のあのシーンがなぜない」といわれたりもするのですが、それは時間制約のあるテレビドラマでは仕方がないこと。根幹にある原作の精神だけは崩さないよう、ドラマとして僕らがどう再構築できるか、そこが勝負だと思っています。

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最近はオリジナル脚本の作品が少なくなっていますね。

土井

僕は90年代にオリジナルドラマをつくりながら成長させてもらった一人なので、今後もっとオリジナルが増えてくればいいなと個人的には思っています。もちろんオリジナルはつくり手にかかる負担がすごく大きいので、その覚悟は必要です。ただそうした負担はつくり手を確実に成長させるので、若い人たちがオリジナルドラマを経験できる機会を少しでもつくれたらとは思いますね。

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土井さんはヒットメーカーと呼ばれ、数々の話題作を世に送り出してきました。そんな土井さんが今後「撮りたいもの」とは?

土井

実はこれからも大きなチャレンジがあるんです。プレッシャーを感じていますが、ただ一方で僕らはドラマ作品を通じてなんらかのメッセージを視聴者に届けられるし、何かを伝えるということは一つの使命だと思います。それは面白いし、幸せな仕事だなと思っています。僕は大きくて壮大なテーマっていうより日常を描きたい。そこに描きたいものがあるし、多分、僕の得意なのはそういう部分じゃないかなと思ったりもします。私達の隣にいる人間を描きたい、人間と向き合い続けたい。そう思っています。