技術はあくまでも物語を表現するためにある|ユーザーズボイス08

「良い作品を作りたい」
その基本だけは変わらない

株式会社フジテレビジョン
技術局 制作技術センター 制作技術統括部
カメラマン

星谷 健司 

技術はあくまでも
物語を表現するためにある

 
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長らく撮影に関わってこられてハード面の変化をどうみていますか?近年ではデジタル化によって映画とテレビドラマの使用機材の差、境界が狭まっていますが。

星谷

映画の映像のボケ味に憧れて、テレビドラマでも何とかあの味を出そうとやたら長玉※5を使っていた世代の人間からすると、選択肢の幅が増えたのは喜ばしいし、映像表現の幅が確実に広がっているのは良いことだと思っています。PLマウント※6のレンズが使われるようになってそれまでの放送用レンズに比べ、レンズのサイズが大きくなったり、使われるレンズの本数も確実に増えていますから、その中で機動性やタイムマネジメントをどうするかっていうのはありますね。

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1995年当時、映画<花より男子>はどんな機材で撮影したんですか?

星谷

あの作品は最初期のHDカメラ※7で撮影したんですが、フィルムカメラではなくあくまでもビデオ機材ということもあり、劇場公開が前提であっても通常のドラマ撮影の延長のような感じでした。テープ収録で色も現場である程度調整していましたし。ただ、撮影に使用できるカメラは基本1台。また、使用したHDカメラに使えるレンズは当時多くなく、ズームレンズではSD放送※8用のレンズに比べズーム比が圧倒的に低く、現場では色々と苦労しましたね。

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ある意味、放送業界においては今につながる最先端の経験を、早い時期に積まれていたともいえますね。

星谷

現在では4K、HDR※9といろいろと出てきて、その技術に追いついていかないといけない大変さはあるけれど、技術の進歩に助けられている部分もあるわけです。分かりやすいところでいえばHDR。輝度の高い部分の表現力が優れているので、今までは空が白いとただ白飛びするだけなのでそこをなるべく入れないように画をつくっていったのが、HDRならばそうした空を大きく入れて雲の陰影を狙った画づくりができるといったように表現方法が変わっていきますからね。

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機材の進化に対してはポジティブに捉えているということですね。

星谷

はい。ハードの選択肢が少なかった時代のカメラマンからすれば、選べる幅が増えることは良いことだし、技術屋としては新しいものが出ればそれに対応していくのは仕事として当然ですよね。ただ、進歩の著しい最近のハードに関してカメラマンとして一言いわせてもらうなら、ビューファインダーの改良にもっと力を入れて欲しい。浅いフォーカスで撮ることが増えてきているなか、今のビューファインダーや液晶モニターではピントを確認しづらい。また、ピントの合っている部分を色で表示するアシスト機能が付いているものでも、ちょっとその精度が「うん?」と思うものがほとんどです。ビューファインダーがカメラ本体の進化に追いついていないと思います。開発に力を入れにくい部分なんでしょうね。

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それはハードの進化が先行してしまい、人間がおいていかれているということでもありますよね。

星谷

そうです。それと、技術の進歩という点でいうと、最近ドローンに代表される俯瞰からの映像がもてはやされています。手軽に空撮の映像が撮れる素晴らしいツールですが、ドローンに搭載できるカメラは大きさや重さに制約があるせいで、そのカットだけカメラの種類が変わることが多いんです。そのせいでドローンの画に切り替わった途端に急に画質が悪くなったり、画の質感が変わったりする場面をよく目にします。これは、ドローンによって得られる効果にばかり目が行って、画質の連続性を無視している結果です。また、レールワーク※10やスタビライザー(防振装置)を多用した“動く画”というのがドラマでも最近はすごく増えてますけれど、どうかなと思うこともあります。「演出的にここまで動く必要があるのかな」、「芝居を逆に邪魔しちゃっているのではないかな」と。今まで見られなかった画、撮れなかった画という意味では斬新さを視聴者の皆さんに提供できているのかもしれませんが、物語の本質、テーマを捉えるために果たして本当にそれが必要なのかをカメラマンとしては考えなくてはいけないのかもしれません。

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技術を見せびらかすのではなく、あくまで物語を撮っているのだということですね。

星谷

ええ。だから今、あえてやってみたいのはオールロケで1カメでドラマを撮ることですね。どうしても効率の点からカメラは2台体制となるのが今の時代ですが、そこをあえて1カメで演出、撮影がきっちり意図を持って画を切り取っていく。そうしたストイックな作品をやってみたいです。

 
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星谷さんが画づくりでこだわっている部分というのは?

星谷

植物の季節感にはこだわりがありますね。正月なのに銀杏の黄色とか、紅葉の季節のはずなのに青々と茂った葉とかは許せないというのはあります。スケジュールで仕方ないことが圧倒的に多いですが、違和感のあるものは極力フレームから排除します。画のトーンとしてはビデオ系の色、シネマ系の色などありますが、やはりテレビドラマとしては発色は落ち付いたというより若干ビビッドな方がいいのかなとは思っていますね。ただあくまでも大切なのは作品の意図、世界観なので、僕の好みというより話の内容によって監督やVE※11と詰めていくという感じですね。それからこだわりというか、癖なのかもしれないけれど、シンメトリーで撮らないことが多い。俳優さんでもなんでも真ん中におくことで力強さが出る、それが必要とされるカットならそれでいいんです。でも、ただ単調さや堅苦しさが出てしまうのはなんか違う。僕にとって気持ちよくハマる画っていうのがシンメトリーでないことが多いのかもしれません。 

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そうしたこだわった画づくりも、最近では視聴環境がマルチデバイス化し、大きなテレビ画面だけでなくスマホ、タブレットと、見る側の環境が多様化しています。

星谷

スマホの小さい画面だとルーズ※12で撮ったカットは細かいところまで見えません。だからといってルーズのカットはなくていいんだというわけにはいきませんよね。僕も一時期、そうしたマルチデバイスに対してどうすればいいのだろう、と悩んだこともありましたが、今は「普通にやるしかない」というのが結論ですね。

 
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「普通に」というのは、カメラマンとしてのこだわりは捨てないよ、ということですよね。

星谷

そうですね。見る環境が変わる、その流れは僕らがどうあがいても抗うことはできない。けれど僕らの「いい作品をつくる」という姿勢は変わらないわけです。僕自身、若い頃から厳しい現場をいくつも経験させてもらいました。身体が辛いこともたくさんあったけど、「みんなでいい作品を作ってる」というモチベーションがある現場は楽しいんです。だからもはや若くはない僕が後輩に何ができるかと言ったら、そういう現場を一つでも多く経験させてあげることなのかもしれません。最近は野球など中継放送の枠も減り、若い人たちが経験を積むための場が少なくなっているけど、やっぱりいろんな現場を突き詰めて本気で取り組んだ経験は何ものにも代えがたい。もちろん僕自身もそこに関わり続けたいですしね。

* 5 長玉
焦点距離の長いレンズ、またはズームレンズの望遠側のこと。望遠レンズともいう。望遠レンズを使用すると、ピントの合っている被写体に対して背景がぼけやすくなる。

* 6 PLマウント
“Positive Lock Mount”の略で主に映画やドラマ、コマーシャル等、高品位映像を撮影するためのシネマカメラに採用されているレンズマウント。ドイツの映像機材メーカーであるARRI社が16mm、35mmフィルムカメラ用に開発したマウントで、業界スタンダードとして現在主流のデジタルシネマカメラにも採用されている。

* 7 最初期のHDカメラ
作品で使用されたカメラはソニーのHDC-500。現在のHDカメラのセンサーサイズ(2/3インチ)とは違い、1インチのCCDセンサーが搭載されていた。初期のHDカメラはセンサーが撮像板(固体撮像素子)ではなく撮像管(真空管チューブ)方式であったり、センサーサイズが異なるなど仕様に違いがあった。

* 8 SD放送
HD(ハイビジョン)放送に切り変わる前のアナログ時代の放送を指す表現の一つ。HD(High Definition=高解像度)に対しSD(Standard Definition=標準解像度)と表現し、解像度の違いを比較するために用いられる場合が多い。SDと表現する場合はHDに対し解像度が低いことをあらわす。

* 9 HDR
“High Dynamic Range”(ハイダイナミックレンジ)の略。映像の明部や暗部を表示する際、従来の階調より広い階調で映像を撮影・表示する技術。この技術により、映像内に明るい部分と暗い部分が混在したときなど、明るい部分が白飛びしたり、暗い部分が黒つぶれせず、より肉眼に近く自然に表現できるようになる。

* 10 レールワーク
カメラを三脚ごとレールに載せてレール上を移動させながら撮影する手法。

* 11 VE
“Video Engineer”(ビデオエンジニア)の略。撮影現場においてカメラの画質や露出(アイリス調整)の管理を行う技術者。撮影データや機材の管理も行う。

* 12 ルーズ
広角撮影のこと。